俳句『麦の会』on HatenaBlog

『麦の会』俳句結社。俳句雑誌『麦』を毎月発刊。

麦「作家賞」H28年度~R1年度

第64回(令和元年度)麦作家賞
 
秋の風   井川春泉
 
過疎の道にいにい蝉は水平線
秋の風キリンの首は正義感
豊の秋長生きをする埴輪の馬
短日のうしろから出る青の骨
青空へ赤とんぼへる油田帯
目を開けて海の中まで寒々と
地を踏めば裸木としての不発弾
晩年は化石となって冬の星
浅き春わが体温が脈打てり
春の月一門すでに海へゆく
茂吉の忌「赤光」すでに起きあがる
水音と人間らしく桜桃忌
大自然兜太がかえす春の音
天丼へ西東忌がくる田が開け
散る桜天地無用と測量旗
燕くる語らねばすぐ恐山
花前線近くて老体抱き枕
転ぶくせぼろぼろ体は水を打つ
わが性の春ふかぶかと椅子にある
青き踏む棒立ちの日よ赤ん坊
横向いて来し方匂う犬ふぐり
海六月首まで伸ばす体脂肪
水中花過ぎ棒立ちの戦中派
思い出せぬビルの解体鉦叩
大脳が半分にしていわし雲
 
 
第63回(平成30年度)麦作家賞

詩となるための雨  中山宙虫

和紙を干す村のミモザがやわらかい
なぜ石を持ったのだろう花いばら
春の雨日々方舟を待つベンチ
好きになれない嫌になれない花の終り
馬刀貝を売る青空は鳶のもの
池を巡る五月詩となるための雨
梅雨の月終バス証券会社前
浜木綿や僕の背びれが打ちあがる
負け癖のついた花火に寝違える
花ほおずきの雨音ふらんすあたりから
ストリートダンス少年は柘榴を見ない
やさしさを土に求めている九月
たしかな秋は夜の雲からワイダの死
青空のこと誰も触れずに栗ひろう
哀歌さえ手拍子がくる星月夜
象の死が少し銀河を埋めている
覚えのある雨と覚えのない花野
実るもの実って村は霧となる
紅葉の村を無菌にする夕日
女の壺に落ちて久しい冬の蜘蛛
後を追えずにマフラー深く巻いている
夢に雨降りこみ葱を刻む音
団地からピアノ出されて雪の嶺
万両や風に故郷の領収証
ロボットが起動する街冬夕焼け
 
 
第62回(平成29年度)麦作家賞(2名同時受賞)
 
今日と明日    丸山ただし
 
野蒜摘むここより川の名が変わる
ユニセフの封緘シール菜種梅雨
菜の花や海はいま日を呑まんとす
桜さくら舞うアレグロアンダンテ
春愁い字幕に英字のジョンウェイン
憤怒して桜は吹雪く花となる
花冷えの寺町滅法冷えまさる
若葉らしい若葉が濡れて若葉かな
青梅落つ宿世のごとく寂光土
なにも買わず地下の書肆出づ啄木忌
極月十日戦をせよと召されたる
忌日不詳の友の忌修す終戦
脳中の海馬ひからぶ百日紅
明け易し鳥獣戯画のけもの道
斌雄遠し秋意の雲を今日も追い
谺すぐ返さざる山粧いぬ
熟れ過ぎて宙ぶらりんの烏瓜
われの骨拾う子の居て十三夜
鑑真の仰ぎし日本の無月祀る
柘榴裂ける充実の果さわやかに
父母の出合い遂に知らざり落し文
寂しさの果てなん国ぞ蜥蜴鳴く
セロリ齧るセロリは明日の味がする
反古を焚く閏二月の終わりの日
さよならは重き言葉よ天の川
 
 
 
日向ぼこ  中村欽一
 
使い捨てカイロのような日向ぼこ
雪解風一山そわそわして止まず
証人の記憶蛙の目借時
転職と決めて目刺を裏返す
風船に臍あり五体に壺の有り
蛇穴を出て七十路のサユリスト
詰襟の袖の継ぎ接ぎ桜咲く
万愚説運命線の枝分かれ
花の夜や膝抱くように爪を切る
蕊の色染めて桜の散る支度
点滅の信号梅雨は足早に
熱帯夜磁針は常に北を指す
屁理屈を押さえ込まれて毛虫焼く
行合の空広島忌長崎忌
星月夜かつて流刑の島の砂
鳥渡る引込み線の赤い錆
晩照の中や榠樝の実の孤独
茄子の花ビルの跡地にビルが建つ
秋刀魚の眼嘘に冷たさ温かさ
小鳥来る新約聖書のめくれ癖
雪催LP盤が波を打つ
活断層目覚めぬように時雨けり
血管を探る針先冬ざるる
着膨れて外反母趾にハイヒール
賞与てふ楽しみ忘れ日向ぼこ
 
★第61回(平成28年度)麦『作家賞』
 
かわいそうなぞう  八木邦夫
 
読初の或る朝虫になる話
棟上げの槌音野火を走らせる
翼をくださいと歌いて卒業す
囀りやくるりくるりと馬の耳
畑中の道無き墓域揚雲雀
種蒔いて長子上りの汽車に乗る
ツバメ印の徳用燐寸啄木忌
燕の巣客の途絶えぬコロッケ屋
ローマ字の表札木香薔薇の家
汗の子の太き息して乳を吸う
一族の一挙に帰り以後夜涼
脛長き少年雲の峰へ跳ぶ
反芻の牛の涎や大西日
子らの眼に星を宿してキャンプの火
八月の象ら逝かしめ敗れし日
かなかなや沼は岸から暗くなる
母の忌の夜長の金魚瞬かず
月の出の桟橋リリー・マルレーン
一刷けの雲へ鯔飛ぶ河口堰
秋の河雲へ出るとき力抜く
追伸に米送りしと雁渡る
黄落やコントラバスの葬送曲
千歳飴擡げ擡げて二の鳥居
飢えの話戰の話年忘
暁の枯野の涯へ川一筋