第67回(令和4年度)『麦』作家賞
鼓動 川守田美智子
混沌を生きて凸凹街余寒
啓蟄やあしたに適う鍵の束
反り返る聖書の頁ヒアシンス
樺太の父の風骨蜃気楼
散りゆくも契りのひとつ春惜しむ
泡盛の古壺の百態慰霊の日
八月の明日へ渡れぬ濁川
ガレージのオイルの匂い原爆忌
一本の鉛筆秋へ潜り込む
病める子の影おいてゆく夜半の月
秋声や囚われている弥陀の肢
星ひとつ果てゆく虚空曼珠沙華
若沖の群鶏動く月夜かな
海臨み寂びゆくポスト鰯雲
末枯の月ダヴィンチの人体図
十二月八日序列のなき鴉
答えなき冬日飲み込むシュレッダー
印弛む仏の十指雪しぐれ
大寒の工場に尖るミシン針
麦の芽や鼓動の刻む人類史
第65回(令和3年度)『麦』作家賞(2名同時受賞)
牛膝 森田千技子
寄書の文字立ち上がる春山河
拭けば鳴る早春の嵌めごろし窓
春雪ひと夜秘密基地などない余生
陽炎や鍬先の土生湿り
花屑を踏んで妊りそうな靴
耳朶の柔さ五月の海岸線
皆触れて売れ残りおり実鬼灯
新涼や硯の海が力抜く
緩やかに潟風を編み牛膝
終電の尾灯に眠る蛍草
鰯雲余生の夢は放し飼い
花茗荷食後の指が眠たがる
新米炊き立て付箋の多き料理本
芒絮順番通りには行かぬ
侘助にあの世この世の陽の粒子
雪うっすら野山は母になる途中
雪掻いて柩の舟を送り出す
大きめの冬靴家郷踏み固め
ホワイトアウト宇宙船の降り来るか
木の香 梅木俊平
たんぽぽの絮に赤子を攫われり
沈黙は夕暮れの色板踏絵
霞む日の鎖を鳴らす像の足
春の夜は父の胡座の中のよう
春光や籾もて磨く竹の煤
ひたひたと稿起こす筍流し
壁土になじむ切藁山法師
陽だまりをかたちにしたる蝉の殻
礫像や気怠き午後の栗咲く香
反戦詩土用蜆の白き汁
細りゆく浜夕虹は母の色
涼新た草木で染むる糸の束
保育器のどの子も羽化を待つ月光
秋冷の両手で掴む鯉の胴
生業の木の香を湛え能登小春
吊し柿欠伸のように陽が昇る
昇竜の姿なる能登雪起こし
榾火の香飛騨は梁より日暮れけり
雪折の木霊さまよいいる夜明け
氷柱つらつらはつらつと赤子泣き
第65回(令和2年度)『麦』作家賞
祈る手 林 厚夫
時折は空に春見てブックカフェ
病院の水の白さの雛かな
塩味のパン買い帰る多喜二の忌
夭折の友の匂いの苜蓿
宛名なき手紙のように紋白蝶
生者たることを諾う花いばら
父よりもずっと長生きして若葉
母胎への回帰願望薔薇の雨
水縦に飲む炎昼の警備員
紫陽花と雨と六月十五日
炎昼の鴉お前もひもじいか
紙の鶴折っても折っても八月
何時とは何処とは秋の薔薇におう
蹲る恐龍月下の歩道橋
西方へ吹かれ止まずや草の絮
群れている不安蜻蛉へまた蜻蛉
邯鄲や月に告げたきことありて
精霊とんぼ止まる人から風になる
月光や鎖のままに眠る象
黄落や空明るくてさびしくて
石突の片減りし杖冬たんぽぽ
山茶花の白はこの世を外れて咲く
散り急ぐ山茶花のここも故郷
電飾の青が喚びしか夜の雪
祈る手へ水の湧く音夜の秋