俳句『麦の会』on HatenaBlog

『麦の会』俳句結社。俳句雑誌『麦』を毎月発刊。

収穫祭第1位作品(R2年度~R5年度)

令和5年度『収穫祭』第1位(2名同時受賞)
 
 
人新世の空     尾内以太
 
 
冬深し羽は上手に落ちるため
早世の道へ折れずに寒卵
寒鴉血は空気より重たくて
五分後の鳥を目の追う木の芽風
はばたきにまぎれはくもくれんひらく
鳥の体温ほどの語や春の闇
鳥雲に黄色い線のそとがわへ
風光る化石となった青い鳥
とりたちの手は春風をつかむもの
かもめみな鍵のかたちや春夕焼
虹の端をくわえて鳩の帰還かな
くちばしのきしみつづける熱帯夜
鳥は手紙のうぜんかずらの青空
炎天はミサイルだけを残しけり
冷蔵庫ひかりの層を積もらせて
風の上に風あるというソーダ
夏終る野鳥観察しておれば
海鳥は脳を持ちさり敗戦忌
天の川放った石はやがて星
翼人の伝承としてかすみそう
台風の前夜を覆う鳥の群
木の実落つ銀の翼を遠ざけて
小鳥来る漂白された五線紙へ
恐竜の骨を隠して山眠る
生と死の境を曵いて浮寝鳥
鬱病や羽毛を雪へ変えながら
くしゃみのちみなもを離れゆく音よ
脚のない鳥を飛ばして開戦日
鳥からの種ふりそそぐ枯野かな
届くのは凍死している鳥の声
 
 
視力      笹木 弘
 
煮凝の解けて火星に水のあり
壺焼きの心中は穏やかならず
煩悩を吐き出し揺れる大水母
空蝉の眼に透ける琥珀の世界
亀が貌洗うごとくに秋時雨
石蕗の黄に目玉の乾く天日干し
生きていることを大事に初明り
下萌えや青き地球は生きている
天心の揺れを抑えし藤の花
鬼瓦の目玉を磨く青嵐
心の鎧を外して焚火の輪
不器用に生きて真面目な寒卵
武士道を貫き散りし白椿
死を以って明治維新や青嵐
天界の重みに耐えし白日傘
四次元と言う世界あり天の川
鮟鱇の幽体離脱見て仕舞う
過去のこと詮索せずに落椿
赤ん坊の足がぶらぶら梅雨晴間
神木の幣を映して水澄めり
自分の声静かに聞く文化の日
枯芒余計な力を抜いており
カーテンに猫のじゃれつくクリスマス
啓蟄や順番決める阿弥陀
針穴に糸の通りし春障子
七福の色をまぶして雛あられ
背中から不意討ち食らう威し銃
菰巻の結びに見せる江戸の粋
衰える視力を庇う帰り花

 

令和4年度『収穫祭』第1位

 
人鳥    燕北人空
 
​臆なんて泪もろい春なんだろう
ウイルスの狂い始めている余寒
融通の利かぬ肉体よなぐもり
死に様を考えている朧かな
偶然のめぐる人生半仙戯
天心の扉開きて初音かな
亀鳴くや開運線がくっきりと
人間に妬心シクラメンに仏心
へめぐりて芽吹きの声に耳立てて
猫やなぎ妄想癖のありそうな
チューリップたちの反乱前夜とや
菜の花の道は浄土へつづく道
和布干す町に元気な寡婦ばかり
潮騒が泪堪えている晩夏
捕虫網馬鈴加えて餓鬼のまま
関関と記憶を辿り閑古鳥
世の中を知らぬわたしと蟬の殻
人の世に人を愛せず海月になる
聞き流すことが半分アマリリス
かかずらう命みじかし秋深し
人鳥の淋しく叫ぶ銀河かな
十五夜の月のつぶやきからぼやき
こんじきの雲金色の十三夜
赤とんぼ海が恋しくなる日暮れ
青空のぽっかり開いてがなかなかな
自惚がしゃしゃり出てきて金木犀
悪霊に憑りつかれてる枯葎
まだこんな言葉があったかかまつか
隙間風ときに刃の刺すごとし
ゆくりなくつららが声を上げて泣く

 

令和3年度『収穫祭』第1位

黎明の汽車   片山一行
 
石硬きところ凍蝶蹲る
首の骨こきと大枯野に響く
強東風に鳩尾の骨軋むとも
初蝶の迷い込む海ふかぶかと
ゴンドラの影に手の消え春の雷
青嵐やサグラダファミリアの夜明
紫陽花の水の香りとすれ違う
海女もぐり泡あわあわと滲むなり
蜻蛉生る夜の滅びている時間
蛞蝓に瑞々しさのありて恋
油照りキリンの歯茎ひろがれり
茹卵ぷるんと剥ける原爆忌
戯れに蝉の殻へと水を遣る
船の波おり重なりて虹の橋
空蝉にぽとり木工ポンドかな
まっくらなむしかごの中の目の光る
石清水あるいは砂の花火とも
片蔭や安定剤の半減期
どのように置いても淋し冷奴
馬の背に雲の跨がり秋の立つ
母猫の乳首の赤し曼珠沙華
サーカスの仕舞われて蛇穴に入る
火恋し地球の底へ水の落つ
ひょんの実の中にあしたの風がある
或る星のなみだのひかり虫時雨
からすうり袖の奥へと光りけり
黎明に汽車は花野と入れかわる
まなうらのもっとも重し吾亦紅
てのひらの中に氷河が檸檬切る
水切りの最後は沈みけり野萩

 

令和2年度「収穫祭」第1位


しゃぼん玉     島田貞子
 
露座仏の昏き体内春を待つ
立春の連名で来る招待状 
旬という恵みしゃきしゃき春キャベツ
春の雲地球を測る測量士
目を覚ますタイムカプセル花菜風
木の芽和え母の手順を真似てみる
我が町の小さな銀座沈丁花
しゃぼん玉探す地球の非常口
梅雨深し不足の切手貼り足して
糠床の天地を返す夏隣
音頭取る氏子総代声涼し
傷一つ増やし少年夏休み
サーファーの波待つ波間遠岬
炎昼や丸い背中が草を曳く
流木に残る体温晩夏光
波の間に人魚は眠る赤い月
捨て舟の浜に朽ちゆく稲光
秋の陽のすとんと落ちて詩人の死
正論を収め秋刀魚の骨を抜く
秋風や若き武士自刃の地
父であり子であり兵士木の実踏む
小春日や石に戻った道祖神
屋根葺きの声掛け合うも冬日
大根に面取り雨に姉が来る
キャスターの渋いネクタイ冬隣
冬の月異国の破船洗う波
頬紅は笑顔の形初化粧
少し幸せ初富士の夕映えて
寒椿今なら分かる親不孝
体幹の軋みを正し寒の水