俳句『麦の会』on HatenaBlog

『麦の会』俳句結社。俳句雑誌『麦』を毎月発刊。

麦「新人賞」H28年度~R1年度

 
 

 

第36回(令和元年度)麦新人賞


たとえば、変声期   片山一行

メビウスの帯つなぐとき降る時雨
凩や背骨の軋む音のして
夕暮れに睫毛の寒い猫が来る
虎落笛死者は生者を支えると
左義長の火の粉の臙脂色に飛ぶ
オリオン座まで堕天使の行くらしき
海をまだ見ぬ少年と春の駒 
雁風呂やあるいは海の小骨とも
どの人の穢れも滅び春動く
星ひとつずつ消すように雛用意
五月雨に沈み込みたる転轍機
地球儀に殺意の集う半夏生
金雀枝の風をあつめて身ごもれり
割礼の済み秘めやかな大夕立
蝙蝠の折りたたまれていて不穏
まなぶたの仕舞われている遠花火
きのこ雲くろくひしゃげたまま驟雨
短夜の闇に耳朶投げ入れる
金色のスプーン曲がり夏了る
穭田やたとえば遠き変声

 

 

第35回(平成30年度)麦新人賞

母の縄電車  足立町子

何気ない終焉があり木の実降る
母の死や天狼へゆく縄電車
柿落葉掃けばふるさと空っぽに
葬送に少し遅れて赤とんぼ
立冬の覗きからくりよりマリア
冬の星殖やして読経始まりぬ
老いてゆく十一月の遊園地
鍵穴が少し歪んで冬の月
母のいた確かな記憶冬のペガサス
雑炊に母があふれる七七忌
酢のものに塩足し年の改まる
寒梅を透かして母のいる窓辺
竹田竹楽冬のゆらぎについてゆく
崩落の空に広げる三月菜
三椏が咲いて釜石よりメール
辛夷今日は禊の風の中
春愁を入れる隙間を空けておく
にんげんを捨てて蛍になってゆく
縞馬の縞からけむり終戦
夕焼を見ている獏のうしろから

 
 
第34回(平成29年度)『麦』新人賞
 
光まみれ   中村せつ
 
光まみれの亡姉(あね)が来て居る花の昼
惜春の野鳥の檻の二重鍵
花は葉に鯉は泳がねば流れる
豌豆の筋引く母と居るような
返信を望まぬ手紙みどりの夜
青梅の全きを選る手暗がり
風紀委員のうなじが細い衣更
海馬の息が夏霧重く街を這う
歯舞諸島(ハボマイ)の近さ無邪気な夏かもめ
玟瑰や囚われびとの鎖塚
大叔母として選ぶ絵本や赤とんぼ
すがれ虫鳴子こけしの首が鳴る
右膝の秋思疾走した記憶
麻酔よりちいさい秋に戻りけり
玉葱植う農事暦というルール
クレーンの骨眠らせて寒昴
受験期の過去のわたしとすれちがう
さりげなく譲られし席日脚伸ぶ
三月十日寡黙なひとの吐く記憶
追伸の一句字余り春の雪
 
 
第33回(平成28年度)麦「新人賞
 
初春    星 深雪
 
初春の電車が停まる常の位置
元日や佛はなべて暗き座に
春立つや箸の短い駅弁当
ルーペよりはみ出す活字陽炎える
山の子の瞳涼しき種を蒔く
郭公の木に風が寄り雲が寄り
風薫る隣家にピアノ調律師
短夜の夢のあとさき見失う
雲一つ泳がせ枇杷の収穫期
朝市の地べた半畳梅雨明ける
サングラス外し話を膨らます
夏燕船より船に手を振って
木守柿気楽の中にある孤独
烏瓜めったに挨拶せぬ老爺
白菜や恙なき日の塩加減
風の音水音残し山眠る
雪深き故郷はらから皆老いて
石蕗の花晩年良いという手相
霜柱関東ローム浮き上がる
地球儀を廻し世界の煤払う